宗教感と宗教観

僕たちは心の拠り所を求めて永住の地を探す。
豊穣の地を見つけたと思えば、そこはソドムやゴモラとなって死を一路を辿る。

地上地下問わず、アイドルを応援している人たちは信者のようだと時折揶揄される。
決して間違っていないと思うし、一定の距離感までしか近づけない彼女たちに惜しげもなく身銭を捧げる姿は宗教そのものだ。
偶像(アイドル)とはよく言ったもので、彼女たちは崇められるべきステージの上にいる。
身分的なステージの話ではなく、その場合に限ってはお金を払っている僕たちのほうが一段階上のステージにいると考える。

偶像崇拝とはいえ崇拝の仕方、愛し方は各々によって異なる。
昔の偉い人は愛とか恋とかなんだっけって色々と考えていたようで、4種類に定義された。
エロスとアガペーとフィリアとストルゲーになるわけだが。
前の2つなんかは日常でもよく耳にする単語だし、フィリアに関しては接頭詞を付け足すことで異常性癖者の冠を我が物にしている。
このブログにはもったいなすぎるぐらいの余白があるので簡潔に説明でもしようと思う。

エロスは恋愛を司る神様から来た言葉だ。
まあなんか具体的にどういうのかはあんまり詳しくないから省略するけど、とりあえずアフロディーテの息子だよ。
「神が人の恋愛に口出しするんじゃないわよ!無粋ね!」などと思うけれど、神が決めたことに対しては逆らえないということを僕は今まで行きてきた経験上知っている。
特に男女間での恋愛感情を強く意味し、性的な揶揄をも包括するような概念になった。
性的な目でアイドルを見ている人はこれにあたる。

アガペーはエロスの上位の概念。
全知全能の神が超えられない壁の向こう側から振り撒く愛情、見返りを求めない愛情のことを指す。
所詮、僕たちは盤上で踊らされている操り人形に過ぎない存在なので、神に対して歯向かうことは難しい。
それと同じで降り注ぐ愛も一方通行のものなので、同様に愛を送り返すことは超人的な何かで超越しない限りは不可能だ。
ただただ応援したいだけ、大きくなってほしいと無償の愛を費やす応援の仕方だ。

君はアリストテレスは知っているだろうか。
彼はフィリアというイデアで今まで表現できなかったものを言語化した。
倫理学における愛の定義だが、実用の友情・快楽の友情・善の友情という3つに広義される。
また、フィリアという概念が昇華することによって性的倒錯的な何かという意味を持つことにもなった。
絶対にないと断言するこは難しいが、仮にもアイドルにマヨネーズを持たせて性的興奮を覚えるのはきっとこれにあたるだろう。
飲食物持ち込み禁止という犯罪を起こして性的興奮を覚えることはハイブリストフィリアと言う。

最後に、ストルゲーは家族愛のこと表している。
生まれながらにして人間に備わっている自然なものでアイドルに家族愛を持つのかと甚だ疑問ではある。
しかし、最近のアイドルヲタクは奇譚なもので「ママみ」なる母性を感じ取ろうとしている。
普通は血縁関係上で感じるものなのだが、どこかで別の世界線か超人的な精神世界で強い結びつきがあるのではないかと推察する。
ママ……マァアアアアアア……

一般的な家庭では小さい頃から政治や宗教、野球の話は友達と絶対にするなと躾けられる。
自分なりの価値観で魅力を感じていたとしても相手によってはそうでもない場合はあるし、逆もまた然りなのだ。
価値の違和感から発生した軋轢は今後の人生に一生の影響を与える。
僕たちは少なからず何かしらの愛情を持ってアイドルを応援している。
他人を卑下したり非難するのはよくないことなのでやめよう。
たとえアイドルにマヨネーズをもたせる人がいたとしても。

それはそうと、最近はマヨネーズを持ち込みする人がいるらしくてそれを防止する意味を込めてTシャツを作りました。

現代アイドル産業へのアンチテーゼも込めており、現場用にも普段着にも着こなせるデザインとなっております。
よければお買い求めください。



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