春はアボカド

いつか時間があれば、僕が成長できたならば荒れた文章が書きたい。
感情的に不安定なそれじゃなくて、思いの丈がこみ上げてくる筆圧の強い印象に残る粗暴な殴り書き。
均等な文字サイズにプロポーショナルがデファクトスタンダードな電子の世界ではまだ早いのかもしれない。
せめてもの悪あがきとして極力文章を崩して、癖の強い文字が刻めるように意識していきたい。

夜に散歩をして僕は気づいた。
きっと僕は春が好きだ。
どうして好きなのかと言われると言葉に詰まるけど。
寒いというネガティブな体験が暫くの間は続いて、突然に雪を溶かす雨が降って木の葉を飛ばす強い風が吹く。
そんな春の通過儀礼は、僕の都合を知ったことかと歯車の循環の中で当たり前かのように行われていく。
3月から春の気配を感じて4月には春らしさも肌に伝わってくる。
これはきっとシンクロニシティなんだ。

春には出会いも別れも一緒にやってくるというけど、しがらみの外で自由に生きていると暫くの間出会いというものには無縁だったな。
出会ったところで急にいなくなっちゃう人も何人もいたし、むしろ大半がそうなのだけどなんとか順調に生きてる。
最近はプライドという高い壁を捨てて取り繕った理想からありのままの自分を出すようになった。
もう25年も生きてきたんだし変に肩肘張らなくてもいいかなって思った。
そんな中で出会った人たちは本当の僕を知ってくれているわけだし、一生をかけてでも大事にしていきたい。
日頃のプライドの積み重ねのせいで感謝の気持ち伝えるの下手なんだけど、「ありがとう」と「これからもよろしく」を伝えたい。

異動とか転職の話を聴くとみんな頑張ってるなあって。
僕は真面目に生きてるつもりだけど、努力をしてないなあってことがよくある。
努力は裏切らないって言葉があるけど、僕の何百倍も努力をしたけど裏切られた人だっている。
結局は心の拠り所がほしいだけなんだよね。

ルフトハンザで快適な空の旅よりロフトやハンズで生活を少しずつ豊かにしたい。



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