ぱられるわーるど

古事記に始まり、御伽草子、近代ともなれば遠野物語と日本の文学の中にはおとぎ話が常にどこかに存在していた。
先日、プロの作家の方とお話をする機会があったのだが、最近売れる話は主人公が異世界に行く物語だということを聞いた。

最近では「なろう系」と言われているジャンルが跳梁跋扈しているそうで、粗放に説明すると冴えない主人公が非現実的な世界に飛ばされて無双する話のことをいう。
もともとは「小説家になろう」という投稿サイトが始まりだ。
そこから金の卵たちが才能を開花させて大衆文学まで昇華させたわけだが、成り上がった大部分は「なろう系」と言われる異世界ファンタジーが占めていた。

絵本ですら表紙をめくったら、我慢できなくて泣き出してしまうぐらいには集中力のない僕には到底、文章などまともに読むことができない。

それに比べて俳句は素晴らしい。
五・七・五の文字だけで伝えたいことを伝えてくれる。
その限られた文字の中には隠されたメッセージも、文字数をあまる表現も含まれている。
僕は俳句が好きなので青い鳥が象徴のメモ帳も「うさよしの一日一句」と名付けた。
一週間を経て、一句も詠んでないことに気づいたので、全てを取り消していつもの奇天烈な名前へと戻したのだが。

なろう系作品の話に戻るが、この作品を成り立たせる上で必要な要素がいくつかある。
はじめに、主人公が捻くれていて冴えない人間であること。
そして、何か卓越した才能あるいは最強の能力を持っていること。
また、なぜか可愛いヒロインが仲間になること。
最後に非現実的な世界が舞台であることだ。

大した努力もせずに夢を見ることが流行っている。
俯瞰的に物語を眺めると、何も仕掛けのないピタゴラスイッチみたいなものだと感じるが、どうやら近頃の読者はストレスを感じずにすらすら読めるものが好みらしい。

僕もいつかモノを書いてみたいとは思うが、文章力の拙さや想像力の欠乏で世界観構築は疎か1バイトも筆が進まない現状である。
本当に書きたいと思うのであればすぐにでも行動しているだろうし、今は時期ではないのだろう。

自分の世界観を共有することは苦手だ。
僕の見ている景色は消えかかった薄い線が僅かに見えるぐらいのアブストラクトを表現することしかできない。
白黒の世界だとしても、濃淡がはっきりするぐらいには自我を出し切りたい。

そんな中、今日も今日とて文章を綴る。
自分に色をつけるために。



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