ストロングゼロ文学とストレスゼロ社会

ストロングゼロ文学なるヲタク構文の更にその先を見据えたポストモダンな文学が流行りの兆しを見せているらしい。

普段お酒を飲めない僕でもストロングゼロという存在ぐらいは知っている。
疲弊しきった日本社会を楽しく、明るくしてくれるカンフル剤だ。
あるいは、ただただ人を効率的に酔わせるための一種の麻薬だ。

2017年のM-1の優勝賞品にストロングゼロ1年分が贈呈されたのは記憶に新しい出来事だ。
コーポレート・メッセージが「水と生きる」のサントリーは、ストロングゼロのことを水だと思っているのかもしれない。

インド人はゼロという概念を生み出し、仏教の思想へと昇華させた。
ゼロは無を指しているのではなく、無という存在があるという意味で用いられる。

一方で日本人はストロングゼロという概念を生み出した。
これは完全に虚無であり、ゼロにストロングという強烈な形容を付け足すことで無という存在に磨きをかけた最高傑作だ。
ストロングと銘打っていることから何か対象が存在して、それよりも強いということを表している。
この場合は人間よりも強いということを指していると思われる。

人間は弱い生き物だ。
辛くて逃げ出したいことや八方塞がりどうしようもない状態になって簡単に脆くなる。
そんな弱い僕たちのためにストロングゼロという概念は生まれたのだと思う。
人間は弱く、ストロングゼロは強い。
僕たちがストロングゼロに勝てる日は一生やってこない。

普通のアルコール飲料と同じ形状をしたブラックボックス。
500mlの缶の中にはテキーラがショットで約4杯分ほどのアルコールが含まれている。
それゆえ、安価な値段と高アルコールも相まり堕落しつつある現代社会の文化としてデファクトスタンダードに成り上がった。
命を刈り取ることに特化した武器があるとしたらそれはストロングゼロで違いない。

また、ストロングゼロは現代版七つの大罪として成立する。
「暴食」:酒の肴欲しさに何かと食べたくなる
「色欲」:酩酊による色情の乱れが起きる
「強欲」:アルコール中毒になり毎日飲みたくなる
「憤怒」:早く飲みたいとイライラする
「怠惰」:高アルコールで無気力になる
「傲慢」:酔うことで他人を見下したくなる
「嫉妬」:他の人がストロングゼロを飲んでいると自分も飲みたくなる

高アルコールの虚無が紡ぐ文章は、救いのないネバーエンディングストーリーが待つのみだ。

健全な子供はストロングゼロに侵される前に大五郎を飲もう。



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