肩の力が抜けた

二夜連続で綴るなんて滅多なイベントじゃないし僕の人生の中では指折りの出来事。
#うさよし観察日記なるタグでツイッターを通して一言コメントみたいな駄文を書いていたけどそれはただの気まぐれだしやっぱり続かなかった。
あさがおですら観察日記を書いたことがないし、物事の優先度を決められない僕はきっとお花に水を忘れて枯らしてしまう。

唯一、続けてこれたのは日曜日に教会に通うことぐらい。
それでも、気づいたら行かなくなっていたなあ。
なんで僕はクリスチャンだったのだろう、救いなんてどこにもなかったのに。
信仰を心の拠り所にして、平穏を得るための壁が欲しかったのか。
最初から信じていないのに、熱心な良い人だと思われたかっただけかもしれない。
僕は人間やるのは向いてない。

あ、今更だけど今日は全体的に暗い話するから見ないふりをしてください。

僕に何かできることがあるかなあと頻繁に考える。
何事も卒なくこなすことは出来ても、秀でてるものは何一つないから。

所詮していることはどれも二番煎じだし、得意だと思っていたことは掴むことのできない距離に誰かがいる。
無駄に高いプライドと自己顕示欲は僕の人生の邪魔ばかりする。

時折、知り合いから何でもできると羨まれることがある。
一時的な感情の高まりは心の中で否定されて打ち消される。

「僕にできることなんて何一つないのになあ」
条件反射で声にならない詠唱が始まる。
誰しもが持っている負の側面、想像以上に深いのかもしれない。

いつも上を向いて歩いていると、空ばかり見て正しい道がわからなくなる。
きっと、落とし穴があっても気づかずに踏んで落ちること請け合いだ。
だから今日は下を向いて道を見つめなおす日にしたいと思う。

思考の整理の時間は終わり!

今日は共通の趣味を持つ友人たちと飲み会の席を設けることができました。
一ヶ月前の構想段階でしかなかったそれは某Youtuberみたく参加者0人になるかもしれなかった。
予想とは反して多くの人が集まってくれて本当に嬉しかった。
反省点ももちろんあるので、それを活かして次に活かそうとモチベーションにも繋がった。

器用貧乏でも別にいいかな、なんて思える一日だった。
最近の悲しいことも楽しい席で拭い去ることができた。

それで思ったことは何事も中途半端な器用貧乏でも別に良いかな。
歴史に名前を刻む偉人ですら一人では生きていないからね。

1から10にすることは容易い。
0から1にするためには産みの苦しみを味わう必要がある。
僕に与えられれた中途半端という才能は、創造するためのものではない。
得手不得手なんて誰にでもあるんだから、足りないところは他の人に補ってもらおう。
ある程度の完成度まで仕上げたものは他人の力を借りて完成品にしてもらおう。
そのためには信頼を築かなければいけないし、実績も積まないといけない。

一人で生きていくことなんて誰でもできる。
でもそれはただ生きているだけで人生を満喫できるのだろうか。
僕は多くの人を巻き込んで面白いことをしたい。
記録には残らなくてもいいから、「こんな馬鹿いたな」と記憶に残る人でありたい。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。
帝王学の真髄とも言えるこの一言は、多分正しい。
友達を大切にすることを心がけて生きていく。

君の最期の時に思い出す人になれますように。



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